2001年04月16日
呉羽
今日はお休みだったので、家でゆっくりしていました。
昨日の花見のために借りた紅白幕と、緋毛氈を返しに呉羽方面まで行きました。
で、こねた。
呉羽の旧8沿いの「呉羽会館」前のベンチ横の灰皿?のようなもの。
よく見ると「そうがわ」と書いてあります。所謂、「阿部定」状態で根っこのところしかありませんがどう見ても街灯の足の部分です。どうして総曲輪からわざわざこんなところに移してきたのでしょうか?
次。呉羽にある問題の桐朋学園の敷地内にある廃墟です。
平成4年に富山市に売却され「舞台芸術パーク」として周りは綺麗に整備されているんですが、ここだけぽつんと廃墟です。
もともと呉羽紡績の事務所棟だったわけで、それなりの産業遺産としての価値を認めて取り壊さずにいるのでしょうが、横浜の根岸競馬場のようなテイストです(周りとの対比が鮮烈という意味で)。
工場棟の方は綺麗に整備されてスタジオとして第二の人生を歩んでいるのとは対照的です。かつてはこちらの建物の方が輝いていたはずなのに。
投稿者 inouye : 2001年04月16日 14:26